私が紹介するまでもないことなのですが、私の住んでいます福島市には福島大学があります。その福島大学には理学・工学・社会科学を融合した『共生の科学・技術』に根ざした『共生システム理工学類』があります。
その学問とは、私の興味のある「マンションやら建築の問題を理系的に、文系的に、社会学的に総合的に解いていきたい」という話も含まれるんだと思います。、、、現役の時は同級生の大半が院に行ったのに興味がなくて院試を受けすらもしませんでしたが、この歳になって大学院に行ってみたいと思ってしまった管理人のコンドーです。
その福島大学の中でも『環境システムマネジメント』というところに、かなりストライクの先生がいらっしゃいまして『生活環境論・地域計画概論・地域計画論』を展開していらっしゃいます。私がブログで取り上げるのも本当におこがましいとは思うのですが、リンクのURLを貼りますのでご興味を持たれた方は是非そちらを。
・今回のご本尊、
鈴木教授のご紹介のページ
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環境システムマネジメント専攻HP
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福島大学HP
とは言ってもURLを貼っただけでは私も芸がないので、ネット上で見つけて感銘を受けた(多分レアだと思う)先生のご講演の内容をご紹介いたします。2003年の
『住宅政策における公共性の再構築をめざして』(リンク先 http://www.jichikyo.com/2003toitukodo/gakushukai.htm)という題のもので、開催の趣旨は分からないのですがどうやら公団住宅関連の団体が主催のようです。
ちなみにこの講演が有った2003年から現在(2007年)までは首都圏の景気も堅調に推移しまして、特に不動産関連の世情は大きく変わった感もあります。しかし、地方の実態はこの講演の内容が古びる気配もありません。と言いますか政策レベル・住民レベルの両面から指摘の内容は益々顕在化してきているのじゃないかと思います。今後もこの傾向が続くのだろうと思います。
前置きが長くなりました。それでは全文の抜粋では余りにもアレなので、中でもマンションについてコメントされている中盤をご紹介します。
◆ニュータウンの衰退とマンションの老朽化
(・・・前略)4番目にマンションの問題、一般的にいうと集合住宅ですが、きわめて老朽化してきています。建て替えあるいは修繕は大きな問題で、みなさんの住んでいる団地でも抱えている問題だと思います。
それと同時に大都市近郊のニュータウンはたいへんな状況になっています。大都市だけではなく30・40年代に福島など全国の主要都市にニュータウンを作りました。大都市ですとニュータウンを作ると鉄道などの交通機関を充実させますが、地方では公共輸送機関が全くない山の中に作りました。したがって車がないと生活ができません。当時30・40歳代の方が今は70・80歳代になっているわけで、医療機関がないショピングセンターがない「離れ小島」になっているのです。
これが日本のニュータウンです。イギリスで100人が住むニュータウンを作る場合にはその70%の人がそこで職場を得られる。職場をきちんと確保するというのがニュータウンです。文字通り職場と住居がワンセットになっているからタウンです。日本の場合は職場がずっと離れたところにあるのでベッドタウンです。ニュータウンと呼んではいけないのです。ベッドしかないというのが現実の姿です。
これがニュータウンを作る時の外国と日本の違いです。年代層の変化によって本当におかしな姿になっている、というのが今のニュータウンの姿です。これをどうするか、欧米の知識をそのままというわけにはいきませんが援用してくると、働き場所がある、いろんな年齢層がそこに住めるように工夫をする、公共輸送機関を充実させる、こういうことが基本的な問題として提起されている。今の都市計画の分野ではこういう議論が出てきています。
分譲マンションの老朽化の問題、集合住宅の中で1戸ごとに所有権が違う、これはきわめて日本的な発明です。集合住宅で所有権が違うのは、商品として展開するためにあみ出した区分所有法という法律の下に成り立つものです。
イギリスには「区分所有」という考え方がまったくありませんでした。集合住宅というのは基本的に家主さんがいて、これから借りるという賃貸住宅が原則だったのです。管理や居住者の一体感が生まれます。
今、老朽化した分譲集合住宅の建て替えをする時に合意形成がうまくいかない。当たり前です、収入の水準がまったく違うのですから、ある人は早く建て替えたくてもある人は年金生活だったりする。建て替えといってもそんなお金はありませんとなります。これを強行突破するための法律整備が、実は区分所有法の改正として行われているのです。居住者が自発的に合意をして建て替えをするのではなくて、そこにマンション業者が入り込み業者の発言権を強くし、建て替えるようにしようという法律に徐々に変わってきています。これが今の日本全体の流れと合致しているわけです。居住権だとかの保証ではない。
念のため申し上げますが、集合住宅は基本的に賃貸住宅であるべきだと思います。これは集合住宅の特性にマッチした住宅のありかただろうと思っています。その時に管理者と居住者の問題は絶えず起きてくる。これは集合住宅のもっている必然性です。
イギリスの経験では、管理における住民参加というのが歴史的に築かれていて、管理そのものに居住者が参加をしていくというようなことが、かなり明確に打ち出されています。その中に地域社会をきちんと守っていく建築家運動があって、集合住宅の維持管理をするために近隣に住んでいる。建築家が集合住宅の管理や住民参加を、お手伝いをする建築家グループがたくさんいます。
これは日本でも考えた方がいいと思いますが、団地ごとの管理をする時に第三者、大学の先生が多いのですが、友人が集合住宅の管理委員会のメンバーになっています。住民代表はもちろん、管理者、それに第三者、多くは住宅問題を専門にしている学者、弁護士たちがメンバーになって、この団地の管理をどうすべきかということで委員会を作っています。そこの年次報告書を見ますと、かなり激しい議論をしながらその団地の管理をどうすべきか話し合っています。こういうことも管理をする上では重要なことです。
ここに挙げました以外の内容もとても面白く読ませていただきましたが、上記の内容を中心に私の解釈を述べたいと思います。
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>集合住宅の中で1戸ごとに所有権が違う、これはきわめて日本的な発明です。(中略)イギリスには「区分所有」という考え方がまったくありませんでした。
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私の知る範囲ですと、アメリカには区分所有法が存在していて、制度は州によって多少違うみたいだけど日本の先行例になっていると聞いていました。同様に欧州にも普通に区分所有法があるのだろうと思っていたのですが、イギリスには区分所有が無かったというのが意外でした。これを機会に諸外国の区分所有法の存在を調べてみようと思いました。
ここで興味深かったのが、「集合住宅には基本的に家主さんがいるという賃貸住宅が原則」という考え方です。私が最近感じていたことなのですが、日本のマンションは「所有型」であることより「賃貸型」であることをより求められているのではないか、という思いがあります。もちろん「分譲マンションは賃貸なのか持ち家なのか?」と問われれば持ち家の範疇に入ると思います。しかし、所有して住まれている方々もマンションを所有物として積極的に管理していくモノと考えるよりは、管理会社を大家さんのようにみなして住まう方が多いと思います。先に報道がありました『管理会社への一括管理委託』というのは、管理の主導権までも委託しようという意味でその最たるものだと思います。
さらに面白いのは、イギリスでは賃貸住宅が原則だったのに「管理や居住者の一体感が生まれます。」というところです。日本的に考えると賃貸住宅では管理や居住者の一体感は生まれないと思うのです。日本では管理側は提供者であり資本側であり、居住者は消費者で受益側という一方的な関係に落ち着きそうです。
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>今、老朽化した分譲集合住宅の建て替えをする時に合意形成がうまくいかない。当たり前です、収入の水準がまったく違うのですから(中略)。これを強行突破するための法律整備が、実は区分所有法の改正として行われているのです。
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政府側からは決して聞けない内容です。ここでは論点を分かりやすく『建替え』に焦点を当てていますが、これは日常の管理や保存行為であっても合意形成がうまくいかないというのは皆さんのご存知の通りです。それはここで指摘があるように「収入の水準が違うから」というのももちろんありますし、「長く住みたい」「数年で転売したい」という考えが違う方同士でもスタンスが異なります。例えば世代交代してマンションを相続した時にも「自分で住みたい」「賃貸に出して利回りを得たい」「転売したい」と立場が異なれば、共用部分の維持管理にかけるお金についての基本的な考えは当然に一致しないでしょう。
それを法である程度ばっさりやれるように整備した。それが区分所有法である、と。なるほどです。繰り返しになりますが先ほどの『一括管理委託』の報道で私はある違和感を感じました。それは区分所有法の改正を繰り返して、所有者間の自治を可能に整備してきた思想ってなんだったのかなって事です。そこまでしながら一方で一括管理委託を規定するのは矛盾していると感じたのです。もしかするとここで言われるように、区分所有法の整備は『入り込みの業者の発言権を強く』するものという思想で一貫されていたのかもしれない。それなら先の報道も悲しいけど納得がいきます。
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>団地ごとの管理をする時に第三者(中略)が集合住宅の管理委員会のメンバーになっています。住民代表はもちろん、管理者、それに第三者、多くは住宅問題を専門にしている学者、弁護士たちがメンバーになって、この団地の管理をどうすべきかということで委員会を作っています。
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・・・どうやらこの辺で『住民意識の差』というものに気付きました。先に挙げました「居住者側が同じ立場の者で一体感を持って住民参加する」というのもここに由来しているのだと思い至りました。そして、有識者が居住環境というものに積極的にコミットメント(かかわり合い)していこうという姿勢、住民同士の責任感のある行動に成熟した社会の力を感じます。今の日本ですぐにこの姿勢をみんなで身に付けようというのは土台無理な話ですが、だからといって諦める訳にもいきません。というのも日本では区分所有がばっちり普及していて、きっと理解が一致しないと予想される『建替え』も『共有部分の維持管理』も我々区分所有者の手に既に預けられているのです。それはもう既に逃げられない現実なのです。
私が心配していることは、近い将来、多くのマンションで管理組合の財政が破綻したり、破綻までしなくても区分所有者が「結局高い買い物だったな・・・」と肩を落としたり、そういうのが続出しちゃう事です。そうならない一番の対策は区分所有法の知識とか建物や設備の知識より、何よりも区分所有していること、集合住宅に住んでいることに積極的にコミットメントしていくことだと思います。それさえあればどんな問題も解決に向かうと思います。逆説的にはそれがないとどんな問題も解決しないと思います。。。
、、、といった所ですが、引用した部分以外の文章も、細切れになって仕方なくなっちゃう地方都市の不動産の相続は法人でやってみたら?みたいな内容(
資産継承の限界のところ)とか、もう一本記事を書きたくなるくらい面白いので是非ご一読されてはいかがでしょうか。